オーディオアンプの出力には、アンプの異常動作からスピーカーを保護するためのリレーが大抵付いています。しかし、リレーは機械的に動作するスイッチですから、経年劣化で次第に接触抵抗が上昇していくことは避けられません。スピーカー保護リレーの劣化により、音質が低下するどころか最終的には音が出なくなってしまうということもありえます。
また、リレーというのは案外消費電力が大きく、例えばHSIN DA PRECISIONのパワーリレー 942H-2C-5DSは定格電圧5Vでコイル抵抗47Ωですから電流は100mAを超え、約0.5Wもの電力を消費することになります。当然、マイコンから直接駆動することはできません。
こういった機械式リレーの欠点を解消できるのが、半導体であるMOS FETを用いた無接点スイッチです。近年のMOS FETの中には非常にON抵抗の小さいものがあり、適切に品種を選べば機械式のリレーより抵抗を小さくすることができます。オーディオアンプのスピーカー保護リレーの代替としては、アキュフェーズが積極的に採用しています。
MOS FETリレーの欠点としては、FETの端子間容量によりOFF時でも高周波が筒抜けになってしまうことや、一般に機械式リレーより耐圧が低いこと(ON抵抗と耐圧はトレードオフ)などがあります。
【設計】
ということで、私も次期自作アンプ用にMOS FETを使った無接点スイッチを作ってみることにしました。以下のようなスペックを目指します。
- マイコンで直接制御できる
- 回路のどこにでも自由に接続できる
- 低いON抵抗
- リレーと同等以上の高速ON/OFF
- スピーカー保護の観点から特にOFFの速さは重要
- 10ms以下を目指す
これらの条件を満たすために考えた回路がこちら。
スイッチングには秋月電子で購入できるNch MOS FET
RJK0328DPB-01を2個使用します。ドレイン-ソース間電圧が最大30Vと低めなのが若干不安ではありますが、V
GS=10VでR
DS(ON)=1.6mΩ typ.というスペックを持つFETです。
OFF時に寄生ダイオードを通じて電流が流れるのを防ぐため、FETはいわゆるBack to Back接続(寄生ダイオードのアノードどうしが接続される)になっています。
FETのゲート駆動にはフォトボル出力フォトカプラ TLP590Bを用い、制御信号を絶縁します。これでFETをONするのは良いのですが、問題はOFFするときです。TLP590Bは出力インピーダンスが非常に高く(数百kΩ)、FETを速くOFFしようとゲート・ソース間に抵抗を繋ぐとON時のV
GSが足りなくなってしまいます。
そこで、回路図中のU2A (TLP4227G-2) を用いてOFF時にゲートの電荷を素早く抜くことを思いつきました。これはノーマリクローズという変わり者のフォトリレーで、入力側がOFFのとき出力がON (オン抵抗最大25Ω) 、入力に電流を流すと出力がOFFになります。機械式リレーでいうところのb接点ですね。データシートによればOFF時の二次側の電流は最大1μAということで、これならTLP590Bに負担をかけることも無いでしょう。
TLP590BとTLP4227G-2は直列接続になっており、5V動作のマイコンから470Ωの電流制限抵抗を通じて駆動します。このとき流れる電流は5mA程度です。
ちなみに、TLP590Bに与える制御信号の位相を反転させればTLP4227Gの代わりに安価なノーマリオープンのフォトカプラを使えるではないか…と言われればその通りなのですが、その方式には
- 制御信号が2種類必要になり回路が複雑化する
- 何らかの異常により制御信号が完全に失われた場合、ゲート電荷を抜くフォトカプラが動作せずFETがすぐにOFFしない(フェイルセーフの観点から望ましくない)
という欠点があるので採用しませんでした。
【製作】
上記の回路で2ch MOS FETリレーの基板を作ってみました。いつも通りKiCadで設計し、PCBGOGOで他の基板と合わせて発注したものです。両面基板でサイズは約53mm×32mm, 厚さ1.6mm, FR-4, 銅箔1oz, 表面処理HASL (有鉛) 。
画像でTLP4227G-2の手前に並んでいるのが入力端子です。8個も端子があるのはTLP590BとTLP4227G-2を別々に制御できるようにしてあるためですが、実際は基板の裏側のジャンパー設定により上の回路図の通りTLP590BとTLP4227G-2を直列接続して使うことになります。
TLP590Bの上に見える16個のスルーホールには特に意味はありません。場所が余ったのでユニバーサル基板風にしてみただけです。
【測定】
制御信号としてArduinoから5Vを入力して行った測定では、ON時の抵抗が0.004Ω@1kHz, 10kHz, 100kHzでした。FETのデータシートによるとON抵抗は3.2mΩ(=1.6mΩ×2)となるはずなので、この測定値はおおむね妥当でしょう。また、このときゲート・ソース間電圧はぴったり10Vでした。OFF時の入出力間容量は約1750pF@1kHzでした。
適当なセメント抵抗を負荷にして1A程度の電流を流し、オシロスコープでON/OFFにかかる時間を測定してみました。制御は上と同じくArduinoです。
黄色が制御信号、緑が出力です。
制御信号が来てから3.5ms程度で出力が完全にONしています。
立ち下がりは速く、制御信号のOFFから0.15ms程度で出力が完全に切れています。良いですね。
次に、FETがONになっている状態から制御信号を(0Vではなく)オープンにして出力が切れるまでにかかる時間を確かめました。制御側の異常を想定した実験です。
制御が効いている時と同等の0.15msでバッチリ切れています。フォトカプラの一次側にプルダウン抵抗などを付ける必要は無さそうですね。
【まとめ】
最後に、上に挙げた目標スペックを振り返ります。
- マイコンで直接制御できる
- 5V, 10mA以下を目指す→達成 (5V, 5mA)
- 回路のどこにでも自由に接続できる
- 低いON抵抗
- リレーと同等以上の高速ON/OFF
- スピーカー保護の観点から特にOFFの速さは重要
- 10ms以下を目指す→達成 (ON: 3.5ms, OFF: 0.15ms)
ということで、大体狙い通りのものができたのではないかと思います。
あとはアンプ基板の到着を待つのみ…